サルコペニアの病態には多元的な要因が絡んでいる。現在試みられている治療法を大きく分けると、①運動療法、②栄養療法、③薬物療法がある。以下に詳しく解説する。
①サルコペニアの運動療法
高齢者のresistance exercise、いわゆる「筋トレ」には有効であるとするエビデンスが多い。Nelsonらは、閉経後女性39名の高強度筋力トレーニングの無作為化比較試験の結果、筋量、筋力、バランスの向上が見られたと報告した。15Peterson らは筋力トレーニングの49個の無作為化比較試験研究、合計1328名のメタ解析で筋力トレーニングが筋量増加に有効であったと結論づけている。16ただし、骨折予防の観点から見るこうした運動療法をそのまま施行するのには若干の問題がある。骨粗鬆症性骨折患者は様々な合併症を抱えていることが多い。国立長寿医療研究センターのデータベースでの検討では、大腿骨頚部骨折患者338名の内、227名(67%)がMMSE20点以下もしくは測定不能の認知症であった。老年期うつ病評価尺度(Geriatric Depression Scale 15 items)が実施可能であった223名の内、136名(61%)がうつ状態であった。17 骨折のリスクが高い患者は、こうした精神機能の低下の他にも、もともとの脳血管疾患による麻痺や変形性関節症による運動障害、心疾患を合併するなど、健常者よりも運動機能が低下している事が考えられる。このような精神機能、運動機能の低い、より虚弱な高齢者に対して、治療に対するコンプライアンスを維持したまま有効な筋力トレーニングを施行するには、なんらかの工夫が必要であろう。もちろん、自ら運動療法を行えるような活動性の高い高齢者においては、運動療法が最も安全で効果の高いサルコペニア治療であるといえる。
②サルコペニアの栄養療法
日本の施設在住高齢女性435名の検討では、血清25(OH)D3値 20 ng/mL以下のビタミンD不足が79.3%と高率に認められた 。 18 潜在的なビタミンD不足の高齢者は多数存在すると考えられる。ビタミンDは骨量増加のみならず、横紋筋内のビタミンDレセプターを介して筋力・筋量も増加させる。サプリメントとして充分量を摂取することにより、転倒予防効果、骨折予防効果がある事が知られている。19 高齢者を対象としたビタミンD投与がサルコペニア治療、骨折予防に有効であろう。
高齢者はカロリーやタンパク摂取量が不足していることが多く、タンパク質やアミノ酸を含む栄養補助食品の摂取は、高齢者においても短期的に筋肉量と筋力を増加させる。栄養補助食品と運動の組み合わせは、サルコペニア治療に一定の効果が見込まれる。Bonnefoyらは、サプリメントと運動の組み合わせを、無作為化比較試験で検討した。57名の高齢女性を対象に9ヶ月間、運動療法とタンパクを含む栄養補助飲料による食餌療法の介入を行い、プラセボと比較した。結果、42名が試験を完遂し、筋力が改善した。20
アミノ酸投与も、サルコペニア治療に一定の効果が見込まれる。Kimらはサルコペニアと診断された日本の75才以上の地域在住女性155名の検討で、運動療法、アミノ酸、これらの併用に分け、コントロール群と比較した。歩行速度は介入した群すべてで改善、下肢筋肉量は運動+アミノ酸群と運動群で改善、膝伸展筋力は運動+アミノ酸群で改善した。(Kim, et al. Journal of the American Geriatrics Society 2011)
ただし、栄養補助食品の骨折予防への効果は未だにはっきりせず、栄養補助食品にはアドヒアランスの低下や、通常食の摂取量低下が起きる点に注意が必要である。
③サルコペニアの薬物療法
テストステロンは代表的なタンパク同化ホルモンである。テストステロン補充療法を検討した、Testosterone in Older Men with Mobility Limitations (TOM) トライアルは心血管のイベント増加の為6ヶ月で中止された。ただし、テストステロン投与群では有意に筋力が増加した。21
気管支喘息の治療にも用いられる交感神経β受容体刺激剤であるクレンブテロールはPI3K/Aktシグナル系を介し骨格筋を増加させる。豚肉の赤身を増やすことが知られ、ドーピング検査の対象薬でもある。Kamaiakkannanらは心不全患者に投与し、筋量が増加したと報告している22が、デンマークのβ刺激剤使用患者と骨折患者を検討した大規模なケースコントロール研究では、短期作動型β刺激剤は、骨折のリスクファクターとなり、その他種類のβ刺激剤は骨折と関連しないと結論づけた23。
他にも、アンジオテンシン変換酵素阻害薬、成長ホルモン、エストロゲンなどが臨床で試みられているが、明確なエビデンスを出すに至っていない。
実は、筋肉を増やす方法は、高齢者でも、若いスポーツ選手でも共通している。高齢者であっても、筋力トレーニング(運動療法)をして、プロテイン(栄養療法)をとって、ドーピング(薬物療法)をすれば、筋肉が増える事は判明している。ただし合併症を抱えた虚弱な高齢者に、安全かつコンプライアンスを維持したまま、治療を継続する必要がある点にサルコペニア治療の難しさがある。
参考文献:
18 Terabe Y, Harada A, Tokuda H, Okuizumi H, Nagaya M, Shimokata H. Vitamin D Deficiency in Elderly Women in Nursing Homes: Investigation with Consideration of Decreased Activation Function from the Kidneys. Journal of the American Geriatrics Society 2012; 60: 251-255.
19 Bischoff-Ferrari HA, Willett WC, Wong JB, Giovannucci E, Dietrich T, Dawson-Hughes B. Fracture prevention with vitamin D supplementation: a meta-analysis of randomized controlled trials. JAMA 2005; 293: 2257-2264.
20 Bonnefoy M, Cornu C, Normand S, et al. The effects of exercise and protein–energy supplements on body composition and muscle function in frail elderly individuals: a long-term controlled randomised study. British Journal of Nutrition 2007; 89: 731.
21 Basaria S, Coviello AD, Travison TG, et al. Adverse events associated with testosterone administration. N Engl J Med 2010; 363: 109-122.
22 Kamalakkannan G, Petrilli CM, George I, et al. Clenbuterol Increases Lean Muscle Mass but Not Endurance in Patients With Chronic Heart Failure. The Journal of Heart and Lung Transplantation 2008; 27: 457-461.
23 Vestergaard P, Rejnmark L, Mosekilde L. Fracture Risk in Patients With Chronic Lung Diseases Treated With Bronchodilator Drugs and Inhaled and Oral Corticosteroids. Chest 2007; 132: 1599-1607.