脊髄脂肪腫は、脊椎癒合不全(二分脊椎、髄膜瘤、脊髄係留症候群など)に関連して、皮下脂肪腫から連続したもの(dysraphic type)が一般的ですが、脊椎癒合不全に関連しない孤発の脊髄脂肪腫(non-dysraphic type)は比較的稀な脊髄腫瘍です。多くはゆっくり進行する良性疾患です。しかしサイズが大きくなると四肢麻痺を起こす危険もある腫瘍です。下記に引用したのは、この稀な癒合不全に関連しない脊髄脂肪腫の5例のケースシリーズとガイドラインです。ガイドラインとはいえ、稀な疾患なので多くはエキスパートオピニオンにとどまりますが、参考になります。切除しすぎると麻痺をきたすことがあるため、ぐっと我慢して部分切除もしくは生検のみに留めることが必要です。
Non-dysraphic intradural spinal cord lipoma: case series,
literature review and guidelines for management
Kabir, et al.
Acta Neurochir (2010) 152:1139–1144
要約:
目的 脊柱管の癒合不全に関連しない硬膜内の脂肪腫は稀で、治療法は意見が別れる。今回、5例の症例を提示し、治療法のガイドラインを提示する。
方法 2004年から2009年までの非癒合不全性を後ろ向きに検討した。 様々な神経症状を呈し、MRIは特徴的な所見であった。すべての患者は椎弓形成、椎弓切除による除圧と、debulkingを施行された。硬膜は一例のみに一期的に閉鎖した。 文献を広範囲に調べ、ガイドラインを提示した
結果 17-52歳、平均32歳、最小フォローアップ期間は8ヶ月で、最大5年だった。前例で術後に神経症状の改善を認めた。術後のMRIでは、前例に腫瘍の残存を認めた。
結語 切除量は必ずしも術後成績と関連しなかった。それゆえ、手術の目的は十分な除圧と、神経組織の構造を保つことである。積極的なdebulkingはするべきではない。膀胱直腸症状や、局所の耐えられない神経症状が手術の適応だ。
本文
背景
脊髄脂肪腫は、稀で前脊髄腫瘍の1%しか無い。しかも、ほとんどが、脊柱管癒合不全に関連している。脊柱管癒合不全の症例では、皮下の脂肪腫が、脊椎後方要素の欠損部を通じて脊髄まで連続している。真の非癒合不全性脊髄脂肪腫は非常に稀である。報告されたほとんどの症例は、MRIが発達する以前の症例であり、脊柱管癒合不全があったとしても診断は困難であったのであろう。 理想的な治療法は不明で、今回5例の経験例を報告する。
ケースシリーズ
5例の脂肪腫の手術を行った。 テーブル1 3人が短期間に悪化した神経症状で、1人は長期に頚部痛が有り、何回も受診し、レントゲン検査を受けていた。しかし、この女性患者は頚部痛が耐えられなくなり、神経症状が出現し上肢運動障害が出現した。もう一人は3年間に渡る膀胱直腸障害があったが、われわれ専門医への紹介が遅れた。
前例で術前のMRIがとられ、術前の診断は脂肪腫だった。2例は円錐部だった。2例は胸椎で、 頚椎は1例だった。
手術の目的は、減圧を得ることと、神経症状の改善を得ることである。SEPを前例で行った。更に、MEPを3例に行った。3例は椎弓形成を、2例は椎弓切除を行った。
全例で病変は脊髄表層にあり、軟膜に覆われていた。病変部は脊髄のそばで増大することにより、脊髄実質を変形させていた。Debulkingは標準的なマイクロ手技で行った。超音波吸引器(キューサー?)も使用した。脊髄と脂肪腫の間に明確な境界は無かった。術者が十分な除圧が得られると判断するまで、debulkingを行った。手術の戦略として、決して腫瘍と脊髄の境目を露出させようとしない事として慎重に行った。一期的な硬膜閉鎖は1例のみに施行した。残りの症例は人工硬膜を用いた硬膜形成を行った。
周術期の合併症は無かった。全患者は術後神経学的所見が改善した。 術後MRIでは全例明らかに腫瘍が残存していた。
フォローアップ中に、神経症状の悪化や症状の出現は無く、MRIでも残存腫瘍に変化はなかった。
考察
非癒合不全脊髄脂肪腫は稀な疾患である。ほとんどのケースレポートはMRI出現以前のものであり、脊柱管癒合不全の診断が付けられなかったものと推測される。脊柱管癒合不全の症例とは対照的に、非癒合不全脊髄脂肪腫は皮下の脂肪腫を認めない。大きくなると、痛みや脊髄圧迫をきたすようになる。背側にあることが多く、髄外へ進展する。真の髄内脂肪腫は、若干稀でありケースシリーズは殆ど無い。
発生
いくつかの理論が唱えられている。
「発達の際のエラー」理論では、神経管が形成される際に、脂肪細胞が誤って迷入してしまった為としている。その為、新生物ではなく、過誤腫もしくは異形成であるとする。この理論は、背側にあることと、癒合不全を伴わないことを説明することができる。脂肪の中に、末梢神経、類皮嚢腫、筋肉、リンパもしくは腎組織等の外胚葉、中胚葉組織が存在しうる。
化生(後天的におこる細胞の分化形質の異常)理論は、結合織の化生が硬膜内の脂肪を形成するとしている。
他にも、脊髄血管由来の脂肪細胞によるとする説がある。間葉系細胞は通常神経堤細胞により脂肪細胞への分化が阻害されている。その機構の破綻により、脂肪細胞になるとする。しかし、これらの説では全てを説明できないが、「発達の際のエラー」理論が現在最も受け入れられている。
発生部位
非癒合不全性硬膜内脂肪腫は、胸椎に最もよく見られる。頚椎背側は次によく見られるが、頚椎単独は12%のみである。典型例は脊髄背側、中心に近い半径内にある。脊髄表層、軟膜下に進展し、脊髄を圧迫変形させる。多椎間にわたることが多い。真の髄内脂肪腫はさらに稀だ。
症例
55%の症例は20歳未満で発症している。24%は10歳未満で、16%は40代だ。男女差はない。10歳未満では、四肢麻痺やフロッピーベイビーで発症する。出生時の脊髄損傷によるものと考えられる。その他の患者では、発症は遅れる。上行する頸性麻痺が下肢に見られる。痛みがある場合は、神経根性と言うより、局所の痛みがある。殆どの患者は、受診前に2年間の病歴がある。頚椎に限って言えば、80%の患者は10年の症状がある。症状は脂肪組織の増大による腫瘍の増殖による。
放射線所見
MRIはもっとも感度の高い検査である。脂肪組織の割合が高く、T1時間が短く、T1高信号になる。脂肪抑制でも確認できる。皮下脂肪に似た信号である。脂肪肉腫は、T1時間が長く、皮下脂肪よりもT1信号が低い。
治療
理想的な治療法は不明である。ダイエットを中心とした保存治療から全摘出まで様々である。脂肪腫の脂肪細胞は、他の脂肪細胞と代謝が似ている。その為体重減少を進めている人もいる。 9歳の脂肪腫が体重減少とともに縮んだ報告がある。しかし、体重コントロールに関わらず、脂肪腫が増大したとする報告もある。
外科的手術
全摘は、四肢麻痺をまねく症例があり、危ないことは知られていた。部分摘出は、幾分成績が良かったと報告されている。70%の摘出では、術後に悪化し、40%の摘出は術後に改善されたと報告されている。成長が遅い腫瘍のため、多くの外科医は除圧と生検のみにとどめている。無症状の患者に手術は勧められない。
今回の症例では、主に胸椎で画像所見も典型的であった。しかし、3例は罹病期間が短かった。
手術の目的は除圧である。過度debulkingはしない。硬膜形成が必要であろう。術後腫瘍残存があっても、問題ない。摘出量と症状の改善は一致しない。腫瘍の発達は遅い。
これまでの文献と、経験から、ガイドラインを提示する。
1.無症候に手術しない。
2. 肥満患者はダイエットする。
3. 症状悪化、我慢できない症状、神経症状の出現、膀胱直腸障害があれば、手術を検討する。神経に余裕がなくなっていることを示している。神経症状が出現した場合手術をしなければ、速やかに進行する。
4. 手術の目的は神経を保護するための除圧だ。
5. Debulkの程度と神経症状改善は無関係だ。Debulkしなくても、良い結果がある。
6. 過度のdebulkは避けるべきだ。
7. 硬膜形成を考慮すべきだ。
8. 悪化した場合、さらなるdebulkを考慮すべきだ。