線維化を起こす病気(全身性硬化症、肺線維症、肝硬変など)に、TGF-bによるDKK1の抑制と、古典的Wntの活性化が関係していることを明らかにした論文をかいつまんで紹介します。Dkk1を活性化させることにより治療につながるかもしれません。筋肉の線維化を抑制し、サルコペニアの治療にも応用できるかも知れません。
【要約】
TGF-b形質転換成長因子β受容体 のシグナル経路は、線維芽細胞の活性化の鍵となり、線維化を起こす病気において細胞外マトリックスの異常な合成を引き起こす。 今回の研究で、TGF-bとカノニカルなWntパスウェイとの間の新たな関係を発見した。 TGF-Bは、p-38に依存し、カノニカルWntパスウェイを刺激し、Wntの拮抗蛋白であるDKK1の発現量を減らす。線維化を起こす病気の人間の組織から、Wntの過剰発現と、Dkk1の発現の抑制が認められた。カノニカルなWntパスウェイを活性化させると、in vitroで線維芽細胞が刺激され、in vivoでは線維化が進む。 トランスジェニック(遺伝子組み換え)でDKK1を過剰発現させると、TGF-b1型シグナルを恒常的に活性化させて作成した皮膚の線維化が改善した。さらにtgf-bに依存した他の動物モデルの線維化も不正だ。 これらの所見から、カノニカルWntパスウェイはTGF-bを介した線維化に必須で、線維化を引き起こす病気の病態においてこのふたつのシグナル経路の相互作用が重要である。
序文
線維芽細胞の活性化と筋線維芽細胞への分化が、細胞外マトリックスの異常増加を引き起こし、線維化を起こす病気の重要な病態である。 細胞外マトリックスが蓄積し、生理的な構造を破壊してしまう。 組織の線維化はの原因ははっきりしないことが多い。線維化は、肺や肝臓など特定の臓器に限られていたり、全身に起こったりもする。全身性硬化症(強皮症)(SSc)は、典型的な、全身性の線維化を起こす病気である。 その発生機序は異常な線維芽細胞の活性化と、細胞外マトリックスの過剰産生だが、未だに良くわかっていない 分子生物学的な治療法は未だに確立されていない。
一方、TGF-Bが線維芽細胞の活性化の鍵となることは既に知られている。TGF-Bは静止期の線維芽細胞に対して、活性化した線維芽細胞の遺伝子発現を引き起こす。 恒常的にTGF-B 1型レセプターを活性化させたマウスにおいて、線維芽細胞が活性化し、全身性の線維化が引き起こされれる。線維芽細胞にTGF-bシグナルの刺激には、Smadタンパクが関わっているのがわかっている。 しかし、Smadを阻害しても、線維芽細胞の活性化を完全には抑えることができず、別の経路の関与が考えられていた。
Wntシグナルは胎生期の過程や、生体の恒常性維持に関わっていることが知られている。Wintタンパクは、分泌結合蛋白で、Frizzled受容体や、LRP5/6受容体を介して、細胞膜を超えてシグナルを伝達する。このカノニカルパスウェイの他にも、ノンカノニカルパスウェイであるCa/カルモデュリンを介した経路もある。
カノニカルなWntの異常活性が、さまざまな病気を引き起こすことが知られている。線維化にも重要な働きをしていることが示唆されている。 Wntを過剰に発現させると、肺、皮膚、肝臓が線維化する。さらには心筋の線維化や筋ジストロフィーの線維化も起こす。 過剰発現を抑えるために、カノニカルWntパスウェイは様々なネガティブレギュレーターでコントロールされている。DKK1が重要な働きをしている。DKK1は自然に分泌されるWntのアンタゴニストである。 DKK1の働き方には2つの説がある。1つ目は、LRP5/6に結合する。 最近の研究では、LRP5/6、Frizzledタンパク、Wntの3つを邪魔することにより阻害するとも言われている。
【結果】
Fig1 全身性硬化症、特発性肺線維症、肝硬変、ブレオマイシン、Tsk-1マウス(全身性強皮症モデルマウス、フィブリン -1 の異常)において、βカテニン(カノニカルWntパスウェイの下流タンパク)がより多く発現。Axin2のmRNAも、SSc,ブレオマイシン、Tsk-1マウスで多く発現している。
線維化の病態にWntが絡んでいる可能性あり。
Fig2 正常皮膚と比べると、SSc患者ではWnt1、Wnt10bがアップレギュレートされていて、Dkk1がダウンレギュレートされている。 肺線維症、肝硬変でも同様。
カノニカルのWntが線維化を促進させている可能性あり。
Fig3 a-d: Wntのリコンビナントタンパクを加えると、用量依存性に、coll1a2のプロモーター活性が上昇。TGFでも上昇。 αSMA(Myofibroblastのマーカー)も同様。Wntパスウェイを活性化することにより、線維化を促進することができた。
Fig4 Dkk1-tg マウス: Col1a1プロモーター下流にDkk1を組換したマウスを使用。a ブレオマイシン皮下投与での皮膚線維化モデルマウス。 DKK1投与で皮膚の厚さを抑えた。 hydroxyproline content、Myofibroblastの数も、DKK1投与で抑えられた。b Tsk-1強皮症モデルマウス。 皮下組織の厚さがDKK1トランスジェニックマウスとのヘテロのマウスで減少していた。 hydroxyproline content、Myofibroblastの数も同様。
Dkk1でカノニカルWntパスウェイを阻害することにより、モデルマウスの線維化が阻害された。
Fig5 TGF-bが線維化で重要な働きをしていることから、TGF-bがカノニカルWntパスウェイの活性化に関与しているのではと推測した。
b Top flashを用いたカノニカルWntパスウェイのルシフェレイスアッセイで、TGF-Bを加えると、Wnt-1を加えたのと同じくらい、Wntパスウェイが活性化している。
d: アデノウイルスを皮膚に感染させ、でTBR1(TGF-B 1型レセプター)を過剰発現させたマウスでは、AXIN2が多く発現。
G: 逆に、 Ad-TBRIマウスでは、DKK1が抑制されている。(ウェスタンブロット)
TGF-Bは、Dkk1を抑制することにより、Wntを活性化させている。
Fig6 a免疫染色では、b-カテニンがTGF-bを加えると濃く染まるが、DKK-1で阻害される。 Bウェスタンブロットでも同様。 TBR1過剰発現マウスでも、同様。
Fig7. TBRIに特異的な阻害剤を、 モデルマウス(ブレオマイシン、TSK-1)や、アデノウイルス遺伝子導入マウスに投与。 カノニカルWntパスウェイ(b-カテニン、axin2)が抑制された。
Fig8. 実際に、アデノウイルスでTBRIを過剰発現させたモデルでも、DKK1でファイブローシスが抑制できるか調べてみた。 Dkk1発現のトランスジェニックマウスで、皮膚の厚さ、線維芽細胞マーカーが減少していた。
TGF-BによるDKK1の抑制が、病的な線維化に必要だと考えられた。
【考察】
TGF-Bが線維化の病気に重要であることが知られていた。しかし、TGF-Bをターゲットとした人における治療はうまくいかなかった。抗TGF-B1抗体をSSCの患者に投与した臨床実験では、効果がなかった。抗体がうまく結合しなかったと考えられた。
今回の研究では、TGF-BとカノニカルWntパスウェイの関係を明らかにした。 カノニカルWntパスウェイが線維化の病気の治療のターゲットになるかもしれない。その中でも、DKK1を活性化させることが、治療に有用かもしれない。