2011-12-28
英語で、whiplash-associated disorder: WAD と呼ばれるむち打ち症は、交通事故などの際に頚部に過大な力が加わり引き起こされる障害である。脊椎外科医のみならず、すべてのプライマリケアに携わる医師に関連の深い外傷である。
単なる頚部の痛みや可動域制限のみならず、Barre-Lieou症候群(バレー・リュー症候群)として知られる運動感覚の減弱や姿勢調節能の障害、眼球運動異常などの多彩な症状をとることもある。受傷から12-18時間後に頚部症状が現れる事もあり、delayed onset muscle strain (DOMS)と関係していると考えられる。
近年、社会・心理学的要素が症状の予後に影響しているとする報告もあるが、その病態、治療法は未だによくわかっていない。
謎に包まれた疾患であるWADのMRI所見に関する報告ほか、最新のエビデンスを下に引用する。
□「むち打ち症患者と無症状の人のMRI所見を比較した10年間フォロー前向き研究」
【研究のデザイン】むち打ち症関連障害(WAD,外傷性頚部症候群)と無症状ボランティアを10年間追跡する前向き研究。
【目的】むち打ち症が患者の症状と頚椎MRIに与える長期的影響をあきらかにすること。
【方法】1993-1996年の間に508名のむち打ち症患者と無症状ボランティアの頚椎MRI所見を比較する横断研究を行った。今回の研究にあたり、133名のむち打ち症患者と、223名の対照群を再度募集し、全員MRI検査と身体所見、頚部症状へのアンケートを行った。MRIの評価項目は、椎間板の信号低下、後方への椎間板突出、椎間高減少、2点から4点までで評価した椎間孔減少であった。
【結果】MRI信号強度の低下はWAD群109名(82%)、対照群132名(59.2%)に見られた。(性別、年齢で補正後のOR=3.06)。椎間板後方突出はWAD群101名(75.9%)、対照群155名(69.5%)OR=1.46に見られた。椎間高減少はWAD群33名(24.8%) 対照群59名(26.5%) OR0.98 に見られた。頚部の痛みはWAD群34名(25.6%)、対照群22名(9.9%)に見られた。(P<0.0001) 両群とも、頚部痛とMRI所見との相関は見られなかった。
【結語】WAD患者は長期間にわたる頚部痛が出現しやすいが、MRI所見との関連は無かった。
Matsumoto I, et al. Spine 2010;35(18):1684–1690 Impact Factor:2.51
ただし、損保協会のグラントがあり。
□ 2000年ニューイングランドジャーナルの衝撃的な報告。カナダの交通事故補償に関して、政府の制度変更の時期に、不法行為等過失責任保険制度が実施されていた最後の6ヵ月間と、無過失損害賠償制度(no-fault insurance system)に変更直後の6ヵ月間、およびその次の6ヵ月間の比較を行った。痛みや苦痛に対する補償がなくなると、むちうち損傷の発現率が低下し、予後が改善されると報告。
□ 日本の代表的なalternative medicineである鍼灸だが、鍼治療のむち打ち症への効果を検討したRCTの論文がオーストラリア シドニー大学からSpineに報告された。neck disability index, SF36、McGuille pain scoreは変わらなかったが、VASが電気鍼なる方法群で3ヶ月後に5.2cmから3.7cmに、(プラセボ群5.8cmから4.6cmに)と有意に減ったとのこと。ホントかなあ。
□ 予後の悪いむち打ちを補償の観点から予測因子を探すという研究。同じくシドニー大学からの報告。オーストラリアはムチウチ研究が進んでいるのか。helplessness(無力感)、高齢、受傷前の就業を続けられないというものが予後悪化因子だった。無力感、とはPain Catastrophising Scaleという,痛みに対する破局的思考の程度を測定する尺度の項目。症状に心理社会的な側面も関与しているというのが最近の見解。
Identifying predictors of early non-recovery in a compensation setting:The Whiplash Outcome Study Injury. 2011 Jan;42(1):25-32
□ ムチ打ちの良質なレビュー。 J Bone Joint Surg Br. 2009 Jul;91(7):845-50.