2014-03-14
整形外科プライマリーケアの現場ではステロイドの硬膜外注射や局所注射が無秩序に使用されているのがよく目撃されます。以前もご紹介したように、硬膜外ステロイドは、慢性期疼痛には効果がありません。局所注射の有効性もガイドラインで否定されています。
たとえばリンデロン注2mg懸濁液、キシロカインの混合などが一般的に使用されます。
しかし、実はリンデロン2mg(ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム注射液)はプレドニゾロンに換算すると、13mg-20mgに相当します。 参考までに、骨粗鬆症ガイドラインではステロイドPSL換算5mg/日以上の使用は、骨密度正常でも骨粗鬆症治療の対象です。週に2回以上注射する場合は、治療の対象かもしれません。
今回紹介するのは、腰椎硬膜外ステロイドが、実は全身に作用していて骨密度の低下をきたすという論文です。RCTではない事、ステロイドの量が日本で使用する場合よりも多いことを勘案しても、無闇に硬膜外ステロイドを行うべきではないと思います。
アメリカは車の都、デトロイドのヘンリー・フォード・ヘルスシステムより。ヘルスシステムとはアメリカでは病院グループの事を言います。自動車会社の病院ということで、日本でいうところのトヨタ記念病院のようなものでしょうか。公衆衛生修士を持った整形外科医の論文です。
Spine (Phila Pa 1976). 2012 Dec 1;37(25):E1567-71.
要約
スタディデザイン: 前向き観察研究
対象: 閉経後女性の骨密度に対する硬膜外ステロイド注射の影響を調査する。
背景: 硬膜外ステロイド注射は神経根症の治療に用いられる。しかし、外因性のステロイドの使用は骨格への障害がある。しかし、硬膜外ステロイドが骨密度を下げるかどうかは不明である。
方法:神経根症のある28名の閉経後女性に対してL4/5の硬膜外ステロイド治療を行った。50%の脱落を考慮して募集をした。股関節(total hip)、大腿骨頸部、脊椎の骨密度を測定した。骨代謝のマーカーとして、骨型アルカリフォスファターゼ(BAP骨形成マーカー)とI型コラーゲン架橋 C-テロペプチド(CTX、骨吸収マーカー)を治療前、3ヶ月後、6ヶ月後に測定した。
結果: 6ヶ月の時点で股関節BMDが0.018g/cm2減少し、有意であった(0.028 ± 0.007, P = 0.002)。年齢でマッチさせたコントロールは、0.003 g/cm 2 の減少で、本研究対象と有意差があった(P=0.007)。BAPは3から6ヶ月にかけて2.33U/l上昇し、有意であった(P=0.012)。だが、骨吸収マーカーの上昇は有意ではなかった。
結語:閉経後女性に対する硬膜外ステロイドの単回投与は股関節のBMDを低下させる。
この事は骨のリモデリングが活性化するからである。BAPの上昇とCTXの上昇がその証拠である。 さらに年齢でマッチさせた群と比較すると、硬膜外ステロイドを受けた群はよりBMDの低下を認めた。硬膜外ステロイドは、骨に有害で神経根症には他の治療オプションを検討するべきだ。BMDの減少は、わずかであったが、骨折の危険性のある患者に対する使用には慎重になるべきだ。
背景
腰痛は非特異的なものや神経根症状などさまざまな形で発症する。治療は通常保存的なものから行われる。NSAID、局所治療、理学療法、鍼といった伝統的(オルタナティブ)医療などがある。初期治療の効果が不十分なとき、臨床症状と画像所見が神経根症に矛盾しなければ、硬膜外ステロイド注射(ESI)がしばしば行われる。間欠跛行を伴う腰部脊柱管狭窄症の場合、即効性があることが多い(注:文献引用なく根拠不明)。多くの臨床試験でESIの効果、痛みの減少や機能の改善が示された。多数回のESIを受けた患者は手術が少ない(注:ケースレポートに基づく。)
しかし、ステロイドの重大な副作用として、骨粗鬆症がある。 投与量、投与経路、器官によって副作用の程度は様々である。外因性ステロイドの経口投与は骨密度を低下させ、骨質と強度の低下を引き起こす。 骨回転の進んだ患者は骨折のリスクが高く、骨回転は血清マーカーで評価できる。
グルココルチコイド(糖質コルチコイド)は二次性骨粗鬆症の原因として最も多いものであり、骨芽細胞のアポトーシスを促進し破骨細胞の活性をあげて、骨吸収を促進する。反応性の骨量の減少は骨芽細胞の分化と増殖の現象による。骨格の整合性はさらにステロイドに起因する小腸でのカルシウムの吸収障害と腎臓からの排泄促進による。
閉経後女性喘息患者の高容量吸入ステロイド薬使用はBMDを減少させる。 本研究では腰部脊柱管狭窄症か神経根症に対するESIが骨量減少のリスクとなるかどうかを検討する。
対象と方法
前向き観察研究。都市型巨大ヘルスシステム内の整形外科脊椎クリニックで行われた。
バイアスを排除するため、インクルージョンクライテリアは厳格にした。Table1
そのため、患者募集は3年間行われた。閉経後10年以上、白人女性、L4/5間での神経根圧迫、他椎間障害は除外せず。股関節、脊椎のBMD Tスコア-1.5SD以下、ESI治療を希望する方をインクルージョンした。対象者は同一の専門家により評価され、アンケートにより基準を満たすか判断した。病変はMRIもしくはCTで評価した。閉経後の平均年数は20.8年。
除外基準は、骨代謝に関連する合併症、既往歴、甲状腺ホルモン異常、副甲状腺機能異常、ホルモン補充療法以外の骨代謝に関わる治療。4週以上のステロイド使用歴と過去1年間の硬膜外ステロイドの既往。骨粗鬆症の診断。(T値-2.5SD、DEXA)。骨粗鬆症性骨折や脊柱変形の既往。
前向き研究のため。 コントロールとして、460名の骨粗鬆症のない健常者の複数回のBMDのデータを使用した。
研究デザイン
BMDはDEXAを用いた。BAP、CTXを計測した。
ESIには、トリアムシノロンtriamcinolone(注:日本での販売名はケナコルト®懸濁50mg、ケナログ®など 日本では硬膜外適応なし、力価PSL100mg 相当)80mg用いて、放射線科医がL4/5椎弓間から注射した。(注:いわゆる神経根ブロックは椎間孔内硬膜外注射と表現されるので、今回の検討には含まれていない模様)
治療前、3ヶ月、6ヶ月で評価した。
採血は通常の静脈採血でおこなった。
統計学的検討
Repeated ANOVA、t検定を行った。年齢にマッチさせたコントロールとの比較には対応のあるサンプルのt検定を行った。
結果
最初は54名が登録され、28名がプロトコルを完遂した。残りは脱落したため除外した。治療前の股関節のBMDは0.979 ± 0.116 g/cm 2 だった。6ヶ月後は、有意な減少(0.018 g/cm)をみとめた。Table3
脊椎のBMDは0.011 g/cm 2の減少、大腿骨頚部は0.011 g/cm 2だったが、有意差はなかった。
コントロールとして、ステロイド使用歴のない年齢をマッチさせた閉経後女性のBMDデータを、フォードヘルスシステムのレポジトリーのDataから抽出した。股関節に関して、6ヶ月間の骨密度減少は0.03 g/cm 2で、本研究のESI群とは有意差を認めた。 大腿骨頚部、脊椎でコントロールはそれぞれ0.001g/cm 2、0.004g/cm 2だったが、有意差はなかった。
さらに、骨代謝マーカーのCTXとBAPを6ヶ月後に測定した。3ヶ月から6ヶ月の間にBAPは有意な上昇を認めた。BAPとCTXは6ヶ月の時点で開始時よりも上昇したが、有意差はなかった。(Table4,5)
考察
硬膜外ステロイドは、腰部神経根症もしくは狭窄に多用されてきた。典型的には、合併症で手術ができない高齢者は頻回の投与を受けている。しかし、高齢者は骨密度が低く、骨に対するリスクがより高い。
本研究ではリスクの高い閉経後女性を対象とした。我々のグループでESIを受けた患者を無作為に1000名抽出したところ、女性が64.3%で平均年齢は66歳だった。
閉経後女性に限って言えば、5年間に平均2.1回のESIを受けていた。ESIを受けていない女性と比べると、ESIを受けた女性は6倍のスピードで骨密度が低下した
骨代謝マーカーの評価法は確立されつつあるが、その解釈は難しい。CTXとBAPの双方の上昇は、骨吸収と骨形成が同時に起きていることを示唆し、高骨回転型の骨量減少が起きていると考えられ、これまでのステロイドの骨への作用の知見と矛盾しない。
驚くべきことに、ESIの骨への影響は、内服や吸入薬と異なりこれまで検討されたことがなかった。
我々の施設では年間数千回のESIが行われているため、骨密度に対する影響は甚大である。たった1回のESIにより股関節のBMDが下がってしまう。BMDの低下は、脊椎よりも股関節で甚大であったため、この作用は局所的なものではなく全身的に作用したものと考えられた。我々の研究と同じような研究が後ろ向きのデザインで実施されている。KangらはESIを受けた患者に、我々と同様に股関節のBMDの低下を認めたが、脊椎では差がなかった。年間ケナコルト200mg以上の使用はBMD低下のリスクになると報告した。
ESIによる血糖上昇も報告されているため、全身的に作用していると考えられる。
また喘息に対する吸入ステロイドもBMD低下を引き起こすことが報告されているが、こちらの報告でも脊椎ではなく股関節のBMDが低下していた。似たような作用機序なのかもしれない。
リミテーションとして、対象者の数、脱落率、コントロールに選択バイアスが否定出来ない無いことである。
年間たった0.0018 g/cm 2のBMD減少は臨床的には意味が無いかもしれないが、今回の研究は単回投与のみを対象としている。中には複数回投与を受けることは珍しくなく、今後はそのような患者の骨折の発生率をモニターする必要がある。
さらには、本研究で得られた知見をステロイドの有害事象として患者に情報提供しなければ、医療過誤訴訟に巻き込まれる危険があり注意して欲しい。
結語
ESIの適応は、骨折の危険性のある患者には慎重になるべきだ。将来的には、ESI施行患者に対する予防的な骨粗鬆症が有用かもしれない。
キーポイント
・単回の硬膜外ステロイド投与6ヶ月後に平均1.8%の骨密度低下が認められた。
・骨回転マーカーの上昇は、ステロイドの影響を示唆している。
・骨折の危険のある患者には、硬膜外ステロイドは慎重になるべきだ。
注:研究の問題点として、腰痛などの症状を伴う患者は日常的な運動量が低下していることが予想され、ステロイドではなく運動量低下が骨密度低下に影響している可能性は排除できない。やはり、RCTによる検討が必要であろう。